夏目漱石

  • 2017.01.06 Friday
  • 17:49

バスを待つところに朝日新聞の広告があって、夏目漱石没100年とあった。

昨年の広告がまだ更新されていないと思うけど、吾輩は猫である、の広告である。

やっぱり、夏目漱石っていうひとは、近現代文学のなかでは、最高峰なのか。

夏目漱石のことは、ぼくにとっても、いろいろと記憶に残る作家である。

漱石全集、いまは手元にない。

昨年、大阪国際メディア図書館へ移したところである。

である調で書くとどうも堅苦しくなる感じだが、漱石をまねる。

 

国費留学生の最初として英国へ渡った漱石が、今でいう東大の先生を辞した。

小説を書くために朝日新聞の記者となる、このストーリーに感動した。

ぼくもそれに習いたい、公務員を辞して、専門学校の先生になった。

その後のことは、いまは語らないが、それから20数年、いまここにいます。

学生のころから漱石の研究会をやったりしていたが、その後は没になった。

文学のフレームがぼくの周辺にないから、どうしようもない。

残された年月は、文学とともに、文学も含め、全体をみつめてみたい。

 

夏目漱石の小説は全部を読んだというわけではない。

夏目漱石の研究者ではないから、ちゃらんぽらん読みだ。

森鴎外は学生時代のゼミのテーマとして選んだから、漱石より詳しい。

漱石の名をだすと、いかにも文学愛好家として、優越感が持てるようだ。

でも、ほんとうは、もっともっと下等な部分で、ぼくは文学愛好家だ。

文学愛好家どころか、いまは、小説も読まない、まともな小説も書けない。

膨大に文章を書いたが、まともなものにはなってない、漱石の文学論みたいに。

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室生犀星

  • 2017.01.05 Thursday
  • 10:39

夢を見た、これが初夢ということになるのでしょうか。

突然に室生犀星の名前と顔が脳裏に浮かんできたのです。

むろおさいせい、小説家です。

1889年生まれ、和暦では明治22年、金沢出身の作家です。

年譜をみてみると、1962年、昭和37年、73歳で逝かれています。

犀星さんの作品は、あにいもうと、性に目覚める頃、これは小説です。

それから犀星さんは詩人で、抒情小曲集と題された詩集があります。

 

犀星の名を知り小説を読みだしたのは高校2年のころです。

ぼくは17歳、多感な少年、いやもう青年といえばいいのか。

その頃のことを、しきりに思い出してしまって、本をひらけた。

筑摩の現代文学大系という全集のなかの一冊で、外村繁との合本です。

金沢という土地に何かしら因縁を感じていたのかも知れない。

自分の過去に戻っていくと、そのころの感情が甦ってきます。

懐かしい、ノスタルジック、センチメンタル、そういう感情ですね。

 

犀星の小説を当時読んだけど、ストーリーと内容はおぼろげです。

詩人、散文家、ちょっとダサい男の人、なんてイメージでした。

初恋とはいわないけれど、深い恋をしていた頃、片思いでした。

写真の女子は、ぼくの恋人ではないけれど、憧れのひとタイプの女子。

高校生だったころ、ぼくは詩集を出していた記憶が、甦ります。

いまさら、ですが、いままた、小説が書きたいな、書けるかな。

そんな思いも、交錯しているところ、恋歌、愛歌、哀歌、みたいな。

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初詣

  • 2017.01.04 Wednesday
  • 15:28

初詣には元旦に平野神社へ参拝、交通お守りを頂いてきました。

その後、古事記を手元においてパラパラ捲りをしています。

昨年、甘樫丘から天香久山を眺め、その足でその山を登りました。

古事記にでてくる神、伊弉冉、伊弉諾、二伸の祠がありました。

伊弉諾はいざなぎと読み、男神、伊弉冉はいざなみと読み、女神。

この二人、この世で初めての男と女の子産み儀式をしたという。

エロスの世界の原点が、そこにあったといえばよろしいか。

いっぱい子供を産んでいく最中、伊弉冉が陰部を火傷して死ぬ。

伊弉冉は死んで黄泉の国へいく、こういう話しでいいのかな。

神の国、日本、なんてイメージが、まだまだぼくには希薄です。

今日、総理大臣が、伊勢神宮を参拝した、という報道です。

神の国、日本が、時代の底流になっていくような気配を感じます。

あぶないほうへいかないように、見ておかないといけませんね。

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ボードレール

  • 2017.01.02 Monday
  • 12:17

昨日、詩人ボードレールの話を少し書きました。

やっぱり気になって、今日はそこから哲学の方へいきます。

ぼくは決して物識りではなくてアバウトな記憶だけが頼りです。

パンセはパスカル、国家はプラトン、昔の本を取り出してきました。

わからなですよ、全容が、古代からの西洋哲学の系譜なんてわからない。

まして、その内容なんて、わかっていません。

タイトルだけを並べて、あたかも読んだかのような装いをするだけです。

 

写真に撮ったのはボードレール全集のボードレールの肖像写真。

写真史をやっていると、この写真がでてくるのです。

1861年頃、カルジャが撮影のものをダゲールが複写とあります。

ボードレール自身は、カメラが撮る写真に対して否定的でしたとか。

なにゆえに否定したのか、怖かったんじゃないかと、推測したり。

写真のことについては、いろいろと知識を持っているつもりですが。

でも、深くはわかってないなぁ、これからのぼくの課題ですね。

 

プラトンにはソクラテスの弁明ってゆう文章があるんです。

半世紀もまえのことですが、これを読もうとしていました。

パスカルのパンセは思想の断章、断片ですね、これ、こてはいいなぁ。

そんなこと思って、ぼく文章を書いて、ランダムに残しているんですが。

あほみたい、偉人の真似したって、所詮本物にはかなわないんだから。

ここを過ぎると哀しみの街、だったか、黄泉の国から戻る道と表裏かな。

古事記の世界とどうつなげようかと、策略を思い描いているところです。

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新年に祝福

  • 2017.01.01 Sunday
  • 11:04

ボードレールの<悪の華>が気になってその詩集を開いてみました。

初版は1857年にパリの書店から発刊されています。

悪の華と名付けられた<悪>とは何を指すのだろうかと思ったのです。

かなり以前に思ったことが今も時折思い起こされてくるのですが・・・・。

悪の華の発刊から、いま2017年、新年を迎えて、ここに書き起こします。

悪の華なんていわない、詩集DIARIY2017、日記体です。

どうなることやら、時代の悪は時代の善とパラレルに、もしくは表裏です。

あんまり難しくは考えないで、気楽にやっていこうと思っています。

では、はじまりです。

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